鐘 馗(しょうき)

千早ふる荒ぶるものを拂はんと 出で立ちませる神ぞ貴き


鐘馗は中国の唐時代、終南山に住んでいた進士(しんし)であるといわれ、玄宗皇帝の故事に基づき、疫鬼(えきき)を追い払う神として信じられている。

鐘馗は「八岐大蛇」と共に石見神楽の花形で、力強く重厚感のある舞である。

鐘馗は唐冠を被り、左手に「茅(ち)の輪」、右手には「刀剣」を持つという厳めしい姿である。

岩戸騒動の折、高天原を追放された須佐之男命は唐の国に渡り、蘇民将来(そみんしょうらい)の恩に報いるため鐘馗となり、当時の疫病を悪鬼に例えて退治した筋書きとなっている。
(八調子神楽では須佐之男命としての影はなく、鐘馗として構成されている)

鐘馗の持つ茅の輪は薬草に例えられ、また夏越祭等に行われる悪病ばらいの輪潜り神事の輪は鐘馗の持つ茅の輪を例えたものと言い伝えがある。
【夏越の祓(なごしのはらえ)とよばれる六月の晦日(月の最後の日)の大祓の日に、神社の境内に茅を束ねて作った3m余りの輪を設ける神社もあり、参拝者がその輪を潜ると疫病から逃れられると言われている】

出典は謡曲「鍾馗」。




津田神楽社中(益田市)


とりわけ、私はこの神楽が好きです。
重々しいずっしりとした所謂、「動かぬ鐘馗、威厳・重厚感のある」鐘馗が好きです。
更に付け加えるなら武骨さを感じさせる鐘馗が好みです。
石見の西部では楽も他の楽とは異なり、独特な重みを感じさせる楽です。

この神楽は岩戸と共に格調の高い神楽であり、また、そうであるべきだと思っています。
ぞくっとするような幕切り、潔さのある口上、幕を挟んだ悪との対峙の場面、喜舞の段での込み上げるような躍動感・・・などなど。
「・・・出で立ちませる神ぞ貴き」「・・・かしこきものぞ凡にな思ひそ」・・・神楽歌も神々しさを感じさせる良い歌です。