島 根 県 の 神 楽

 神楽は我が国の代表的な神事芸能で、島根県では各伝統芸能の中でも神楽は特に多く、神楽の宝庫と言えるであろう。

 神々の集う神話のふるさと・島根・・・その島根県の神楽は大きく「出雲神楽」「隠岐神楽」「石見神楽」に分けられる。


出雲神楽

 1608年(慶長13年)、佐太神社の神主・宮川兵部少輔秀行氏が京都に赴いて神能を習い、その能の構成・所作を手本として出雲神話を演じ始めた。
 その後、大正15年に行われた第二回全国郷土舞踊民謡大会に出場し、神能を舞った際に「佐陀神能」と命名され、現在では、「七座神事」「式三番」「神能」を総称して「佐陀神能」と言われている。
 昭和51年5月には、国の重要無形民族文化財に指定されている

 出雲佐陀神楽は出雲を中心とする地域の神楽はもとより、備中神楽や荒神神楽、そして全国の神楽にも影響を及ぼしたと言われている。

 出雲神楽は多くの神話を元に神楽を奉納し、その舞は神事に沿うように緩やかに舞われる。
 また、曲目構成が整然としており「七座(面を着けずに剣や榊を持って清めたり祓ったりして舞う」、「式三番(翁、千歳、三番奴からなる)」、「神能(命、姫、鬼、大蛇などの面を着けて舞う神話劇)」の三段構成になっている。


隠岐神楽

 社家という専門の神楽師により伝承されている。
大漁や豊作の祈願や病気平癒などのために舞われてきた祈祷の神楽で演劇、芸能的な要素は少なく、巫女の舞う巫女舞の占める割り合いが大きく古風な舞である。


石見神楽

 東西に長い島根県の西部、石見地方で盛んに行われている伝統芸能である。

 「石見神楽の歴史」で紹介しているように、石見神楽は数々の変遷を経て今日に至っている。

 出雲神楽の流れを汲む石見神楽は、七座と神能が出雲神楽ほど整然と分かれておらず、大部分が演劇風の神楽である。

 神楽演目は「八岐大蛇」「天の岩戸」など、「古事記」「日本書記」の神話や伝説を題材としたものが多く、また最近では「益田越中守」「柿本人麿」の様な新作神楽も舞われている。

 石見神楽と一口に言っても、その舞い方、囃し方は同じ石見でも地域によって若干異なる。
何れも煌びやかな衣装と凄まじい形相の面を着けて、八調子と呼ばれる速いテンポの囃子に乗った華麗な舞が特徴であるが、その違いを大まかに表現すると、益田地方は力強くずっしりとした重厚感のある舞で、浜田・江津地方は益田地方に比べ小気味好い軽快な印象を受ける舞である。

 また、「舞の所作、形」、「採物の扱い方」、即ち、手足や腰の使い方、運び方にも違いが見受けられ、舞の序段や喜舞の場面、神と悪が対峙し格闘する場面、あるいは悪が退散する場面など、所々にその違いが表れている。

 一方、邑智郡地方とその地方の流れを汲む広島県芸北地方の神楽は、浜田・江津、益田とは趣きを異にした舞い方、囃し方である。
面にしても神方は殆ど着面することはなく化粧をして舞い、幕の使い方や衣装にも違いが見られる。
 また、特に芸北地方の神楽は趣向を凝らした仕掛けで演出するのも一つの特徴である。