貴 船(きふね)

からすみの燃え立つほどに思えども 煙立たねばしるしとぞなし


この演目は別名「丑の刻」とも言われ、謡曲「鉄輪(かなわ)」によったものである。

京都の下京あたりに住む女が、ある時夫に別れを告げられる。
思い悩んだ女は夫の裏切りを知り、その無念さから貴船神社に参詣して復讐を祈ったところ、神が現れ、お告げを告げた。
それは「毎夜丑三つ時に呪いに着物を着て宇治の川瀬を渡ると金輪着(かなわぎ)の鬼女に化身させてやる」と言うものであった。
女は狂喜し、神の言う通り毎夜通い続けたところ、三十七日目に神託を授かり金輪着の鬼女と化していった。

一方、男は毎夜夢見が悪いので陰陽師の安部清明に相談したところ、「如何にも、お前の身体には貴船神社に現れる離別した女の生霊が宿っている。人尺の茅人形を作り、五尺の棚にこれを立て、周りにしめ縄を張り幣を捧げなさい。」と告げられる。
男は清明の言われた通りにしたところ、間もなく天地が暗くなり、雷電が鳴り響くなか鬼女が現れ、茅人形を捕まえて「しもと」で打ち続ける。
そして本望を成就したとして昇天させられ、男は難を逃れると言う筋書きである。

この神楽のテーマは「呪い」である。
人の心の中に生ずる恨み、憎しみ、妬みといった感情から人に呪いをかけると言う術が生まれ、参詣と言う信仰として伝えられてきた。
この様な陰惨な舞が神楽で表現されては反社会的であると、かつては演舞禁止のおふれが出た事が語られている舞でもある。
確かに、鉄輪の足にろうそくを灯して現れる美女が、袂しなやかに舞う姿から次第に激しく妖しく変わり行く様は陰惨な感じを受ける。

この様に呪いをテーマにした舞であるが、戒めを趣旨として人の内面を表現した高尚な舞であるとも言える。



石見神楽亀山社中(浜田市)