管 理 人 の 部 屋(bV)



一年の計 2010年1月11日
「一年の計は元旦にあり」と言われますが、生まれてこのかた、改まった気持ちで一年の計を元日に思い描いたことのない計画性の乏しい私ではありますが、二年前から一年間の目標としていることが幾つかあります。
それは、年間の読書数を50冊以上と決めていることです。

夜ともなれば気の合った友人と飲み歩き、授業中は寝るか小説に読み耽っていた学生時代は、三日に一冊は読んでおりましたが、仕事で多忙を極め、自分の時間はおろか寝る間も休日も殆どなかった三十代半ばまでは、仕事に関する専門書以外は全くといっていいほど、文字に接しておりませんでした。
その後も、貧乏性の私は仕事に割く時間を優先しがちで、意識して積極的に本に接するようなこともなく、年間の読書量は、ほんの数冊程度のものでした。
ある時、このまま徒に時間を浪費してはと悔い改め、遅まきながら自分自身に目標を課すようにしてきました。
その一つが、二年前から年間の読書量を50冊以上と目標を立てたのです。

この「年間50冊」という読書量は、いわゆる読書家と言われる人達にとっては、決して多い数字とはいえないと思いますが、別に人様と競争する訳でもありませんので、週に平均一冊はと思って決めた程度のものなのです。
しかしながら、初年度の一昨年は44冊に留まり、敢え無く目標未達成に終わりました。
そして昨年は51冊と、辛うじて目標を達成することが出来ました。
その中には、学生時代に読んだ本を読み返したものが何冊かありますが、歳を重ねたせいか、感慨を新たにしたものや、涙腺が一段と緩くなって恥ずかしながら最後の場面では、涙した本も幾つかありました。

私の本の購入方法の殆どは、インターネットのレビューや本屋の立ち読みで下調べを重ね、そしてネットショッピングで文庫本数冊を纏め買いし、ポイントを稼ぐという、ちょっとせこい方法ですが、貧乏ですから仕方ありません。
この方法を数年間続けており、このところ毎年最低一冊の文庫本が、無料で手に入るという寸法です。
(余談ですが、先日手出しをせずに、新モデルのスキャナ機能の付いたプリンターをゲットしました)
読む本の分野は依然として歴史に関するものが凡そ9割で、絶版になっていない限り、図書館で借りたり古本屋で購入することはありません。
図書館で借りたり、古本屋で買う方が安く上がることは、誰が考えても分かることですが、その本を「自分のものにしたい」という、貧乏の割りには本に対する多少の拘りがあるのです。
また、買った本を手放すことにも抵抗があり、内容によっては手放しても良い本以外は手元に置いておきたい思いもあります。

ともあれ、何時も頭の中では「今年は・・・、次は・・・」と考え倦ね、今も始めたいと思い描いていることが幾つかありますが、寒さを通り越して凍り付いてしまった懐具合では、如何ともし難いものであります。
禁煙をすればと思うこともしばしばですが、こちらの方も至って意志薄弱で、未だに達成出来ずに歳月が流れてしまいました。
一気に一箱1,000円以上にならないものかと、民主党政権に物申したい今日この頃です。


久し振りの京都 2009年4月12日
先月の末、久し振りの京都を訪れることが出来ました。
二女の愛娘が今春大学を卒業し、大阪への就職という折角の良い機会に恵まれたものですから、これ幸いと引越しの前日から出掛けてきたのです。
前回、京都を訪れたのは、四半世紀以上も前のことでしょうか。
大阪での学生時代は、友人を連れ立って何度か訪れておりましたが、仕事人間に慣らされてからというもの、家族と一緒に何処へも旅行らしい旅行をすることもなく、数十年という時間だけが過ぎておりました。

当日は喜び弾んで目覚まし時計よりも早く起き、一路京都へ・・・。
前日の天気予報では、雨マークが付いて心配されていた空模様も、日頃の行いが良かった?せいか、暑くも寒くもない、まずまずの天気でした。
まず、最初に訪れたのは北野天満宮。
残念ながら、見頃は過ぎていたものの、ちらほらと残っていた梅の花と、偶然に見かけた一組の若い男女の結婚式に春の匂いをお裾分けして貰いました。

龍安寺では、運悪く庫裡の改修工事の最中で、観光客も多くて枯山水の石庭もゆっくりと眺める余裕はありませんでしたが、禅宗寺院建築の簡素にして重厚な構成、静寂の内に美を醸しだしている境内の造り、ほっと心が和む鏡容池の堤防から見える龍安寺全景の山々・・・心休まるひと時でした。

遅い昼食をとった後に金閣寺を訪れましたが、観光客の多さと、あちらこちらから耳に飛び込んでくる、賑やかなインターナショナルな会話に閉口しつつも、少しばかり学生時代にタイムスリップした気分も味わえました。
そんな金閣寺を後にして、バスの一日周遊券を利用して、夕方には祇園へと移動しました。
この頃から一日もつかなと思っていた空模様が怪しくなり、バスを降りた途端に雨脚が強くなって八坂神社に着いた頃には、衣服もバッグもびしょぬれになっておりました。

定額給付金を先食いして予約しておいた旅館では、日曜日で宿泊客が少なかったこともあって、宿の御厚意で広めの客室に変更して頂き、楽しみにしていた料理も口コミ通りの美味しさでした。
特に、我が家では口にすることが出来ない品のある茶碗蒸しと、赤出しの蜆汁は格別でした。

そんな僅か一日の旅行を終え、明くる日は愛娘の引越しを済ませて帰宅しましたが、一人暮らしを始めた愛娘は、学生時代からの夢が叶って希望通りの職場に配属され、毎日元気に暮らしているようです。
一方、娘が可愛くてどうしようもない親父の方はと言いますと、一段と寂しさを感じながら、翌日からは以前と変わらず、うんざりとするような現実の世界へと引き戻され、日々世情に喘いでおります。

「京都の旅写真集」はこちらから


当たった!? 2008年1月6日
昨年は、残念ながら私の予想が的中して、「今年の世相を表す漢字一文字」に「偽」の字が選ばれました。
そんな暗いニュースの続いた一年でありましたが、明けて2008年、十二支最初の子年が幕を開けました。

一年の始まりの元日は、年末から続いた強風と小雪がちらつく荒れた空模様となり、近年続けてきた年明け早々の氏神様への初詣を諦め、薄暗い早朝に参拝して、新たな一年のスタートを切りました。
お陰で、三が日は相変わらずの寝正月を過ごしてしまいました。
テレビを見るにも、チャンネル権は子供に取られ、そのテレビから流れるのはバラエティー番組ばかり・・・。
仕方なく、寝そべっては本を読み、眠たくなればそのまま寝入ってしまう、何とも怠惰な時間を費やしてしまったのです。
そんな不摂生な生活が祟ってか、4日の夜に久し振りの体重計に乗ってみましたら、最近の平均体重を2〜3Kgもオーバーしてしまう有様。
ウオーキングで消費するカロリーを、はるかに超えるカロリーを摂取し、おまけに寝正月とくれば当たり前かも知れません。

5日の日は、会社の新年会に出席し、安全祈願と会食を済ませましたが、その後の帰宅途中に立ち寄った書店の駐車場で、新年早々のヘマをしでかしてしまいました。
その書店の駐車場内は車が多く、中々駐車スペースを見付けられずにおりました。
その時、たまたま私の前を駐車スペースから出る一台の車を見かけ、その一番道路側のスペースへと車を入れたのです。
ところが、用を済ませ、車を発進させようと左手の道路側に出ようしましたら、ガガッと変な音がしたのです。
一旦車を降りて覗いてみましたら、車を入れる際には全く気付かず、ドアミラーの死角にもなっていた、駐車場と道路の境界に立てられた低いステンレス製のポールに、車が当たっているではありませんか。
新年早々、何としたことか!
しかも、その傷は左側の前後のドア2枚に亘って、一直線上に長さ50cm程度の深い引っ掻き傷になっているのです。

長年、任意保険のお世話になっていないゴールド免許の私ではありますが、ここまでの傷なら任意保険の自損事故扱いにして貰うしかないと、早速損保会社のフリーダイヤルに電話を架け、事の顛末を長々と告げたのです。
その帰り道、「起きた事は、今更悔やんでも仕方ない」と、自分を慰めながら運転しておりましたら、私の中のもう一人の私が、小さな声で囁いてきたのです。
「あ〜あ、当たってしまったよ・・・当たったよ、当たった、当たった・・・んっ、当たる!?・・・宝くじが当たる!?」・・・何ともはや、そんな阿呆みたいな調子で、ふらふらと宝くじ売り場へと直行してしまいました。
買った宝くじは、スクラッチ宝くじ・・・ところが、お年玉を夢見て買ったその宝くじも、こちらの方は、当たるどころか見事に外れているではありませんか。
年末ジャンボといい、ロト6といい、金運に見放されている私には、貧乏神が居心地良く居座っているのでしょう。
こんな私の、この一年を暗示させるような出来事ではありましたが、今年は「戊子」の年、「茂る」の意味を持ち、縁起の良い繁栄を表す「戊」にあやかって、公私共々、そして、皆様方におかれましても、実り多い一年となりますよう願っております。


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