管 理 人 の 部 屋(5)



年も改まり・・・ 2006年1月9日
「一年の計は元旦にあり」と申しますが、そんな殊勝な心掛けとは全く無縁の私は、一年分の睡眠不足を補うかの如く、今年も寝正月の三が日を過ごしました。

そして、2006年を迎えて今日で早や9日・・・気が付けば、この「管理人の部屋」も四ヶ月近くほったらかしの有り様。
本業の方はと言えば、相変わらず「顔で笑って、心で泣いて・・・」の状態が続き、お陰で身体のアチコチが悲鳴を上げる始末。
今も一ヶ月近く前に再発した持病の痛みを堪え、何とか身体を騙しながら仕事を続けております。

今年も代わり映えのしそうにない一年になりそうですが、現実を嘆いていても産まれるものは何一つなさそうです。
生まれ持った【貧乏性】と【正直な心】を忘れず、今年も何とか乗り切りましょう・・・その内何とかなるさ!!

こんな思いをしながら始まった今年一年・・・睡眠を貪る合間に、以前読んだ本を何冊か読み返してみました。
その中で、ある作家の小説が目に留まりました。
この短編は、「織田信長の庇護の下に布教していた神父が、ある春の夕べ京都の南蛮寺で日本の神々に出会う不思議な幻想に見舞われる」という架空の題材を小説しています。

「この日本に住んでいるうちに、この国には山にも森にも、あるいは家々の並んだ町にも何か不思議な力が潜んでおります」・・・神父は、その力が布教を妨げていることを重苦しく感じ、煩悶と憂鬱に捕われつつ祈りを捧げているさなか、「天の岩戸開き」の幻想に襲われて失神する。
そして、翌日の夕闇のなか境内を散策する神父は、またしても幻のように現れた老人と問答を交わすことになる。

この小説の作者は、この神父を通じて何を語ろうとしたのか・・・それは、神父に語りかけた「この国の霊と名乗る老人」の最後の言葉に暗示されていると思います。
「・・・我々は木々の中にもいます。浅い水の流れにもいます。薔薇の花を渡る風にもいます。寺の壁に残る夕明かりにもいます。
何処にでも、また何時でもいます。お気をつけなさい。お気をつけなさい・・・」

今年一年、皆様にとりまして、より良き一年となりますように・・・。


佐太神社 ・ 御座替祭にて 2005年9月25日
昨夜、佐太神社で執り行われました「御座替祭」に出掛けて来ました。

この祭りは、本殿以下摂社末社の御神座の茣蓙を敷き替える神事で、佐太神社の祭事の中でも重儀とされており、年毎に藺茣蓙で神座を新しくすることで、神々の神威が常に新しく続くと考えられているそうです。

御神座に敷く茣蓙を舞い清めるために行われた「七座神事」は、神事に沿うように格式を持って緩やかに舞われました。
この七座神事は「剣舞」「散供(さんぐう)」「清目」「御座」「勧請」「八乙女」「手草(たくさ)」の七座からなる直面(ひためん)の採物舞いで、社頭での御座替と連動し、場所や御座を清め、神降ろし、神遊びの舞が舞われます。

摂末社の御座替が終わると、本殿である南殿、北殿、正中殿の順に御座替が行われました。
今回初めて御座替神事での大祓詞の奏上の様子を目の当たりにさせて頂いた訳ですが、その時の肌に突き刺さるような空気、他のものを一切寄せ付けない重々しい空気・・・何と表現すれば良いのか、言葉が思い当たりません。
写真を2,3枚撮らせて頂きましたが、撮影しようとするその気持ち自体が憚れるような空気に、とてもそれ以上はシャッターボタンを押すことが出来ませんでした。
(無論、撮影した写真をサイトに掲載することは差し控えさせて頂きます)

なお、「ふるさと島根の風景(9)」に、神事も終盤に差し掛かった頃の佐太神社を撮影した写真を掲載しましたので、少しでもその時の空気を感じ取って頂ければ幸いです。

そして、今夜もまた佐太神社に出向き「神能」を拝観して来ました。
古式ゆかしく緩やかに舞われる舞い、そそとした自然な舞い歩き、流れるように翻る袖、、秋の夜風に乗る笛の音・・・静かに堪能させて頂きました。
特に、儀式舞いの一つである「剣舞」と「式三番」は印象に残りました。
剣舞は四人の舞手で舞われる舞いですが、四人の同じ舞いの動作でも、とりわけ古老の古風な味のある舞姿には釘付けにされました。

(本文に、当日配布されましたパンフレットの一部を引用させて頂きました)


立久恵峡にて 2005年8月28日
昨日、立久恵峡で催された「乙立神楽、立虫神社神代神楽交流会」での出雲神楽を拝観する機会に恵まれました。
実は、知人の紹介により、この神楽交流会の存在を知り得た訳ですが、私にとってはおよそ三ヶ月振りとなる待ちに待った神楽鑑賞・・・相変わらずの休日出勤も夕方には済ませ、ドライブがてら立久恵峡まで車を走らせました。

今日の出雲神楽と石見神楽は、目に見えるものは似て非なるものではありますが、神楽という根底に流れるもの、あるべきものは同一であると思っております。
四演目の神楽を拝観させて頂きましたが、「神能」を感じさせる「神楽らしい神楽」を感じることが出来ました。
とりわけ、初めて拝観することが出来ました「神主神楽」の「四方剣」は、舞いの所作など所謂「里神楽」とは趣きの異なる神楽であり、気品と神々しさを肌で感じることができ、とても印象深く心に残っています。
また、「八戸」での足名椎の口上には、うっとりとさせる心地良さを感じました。

最後に、神楽奉納に先立ち執り行われた奉告祭での斎主さんの挨拶を紹介します。
それは、沖縄に旅行に行かれた時、ある老人に言われた言葉だそうです。
『流行ると廃る』・・・と。
蘊蓄のある戒めとしたい言葉です。


まな板の上の鯉 2005年8月16日
先日、数年振りの人間ドッグへ・・・。
前回、初めて胃カメラというものを口から飲まされたが、あの時の強烈な嫌な思いが忘れられず、今回は鼻から胃カメラを入れて貰う事にした。
(口からであろうが、鼻から入れようが嫌なものは嫌だけど、健康診断の為なら仕方ないと諦めつつ・・・)

胃カメラを入れる前の口と鼻への麻酔薬、あれも気持ちの良いものじゃないけど、胃カメラを飲まされる苦しさに比べたらまだまだ我慢の出来る範囲・・・しばらくして、いよいよ胃カメラを鼻から入れる時間に・・・その前に看護婦さんから一言・・・「胃の中の画像をご自分でも見られますからね、どうぞ身体を楽にして・・・」
と優しく言われても、いざ胃カメラが気管を通ると・・・うぅぅぅ、うっ、うぇー・・・あとは為す術もなく、まさに「まな板の上の鯉」。
自分で思うに、どうやら私の気管は細いのか!?
いずれにしても、少々痛いのは我慢も出来るが、胃カメラだけは御免蒙りたい。

診断結果は、血圧も血液の状態も何もかも異常なし。
ただ一つ「精密検査を要す」だけを除いて。。。
この精密検査・・・今の仕事の状態では、何時になったら受けに行けることやら・・・。
受診した時には、既に手遅れだったりして(-。-;

それにしても、前回も今回も測る度に僅かながら身長が縮んでいる。
これも老化現象の一つか!?・・・あぁー、やだやだ(;。;)


ゆらり・・・ゆらり・・・ 2005年6月19日(日)
昨晩、二年ぶりに蛍狩りに出掛けて来ました。
小川のせせらぎだけが聞こえる薄雲のかかった静寂とした月明かりの中、蛍が灯す蒼白い光が木々の間をゆらり・・・ゆらりと。
自然が織り成すイルミネーション・・・余計なものは一切ありません。

新緑の小豆島 2005年5月22日(日)
昨日一昨日と小豆島で出掛けて来ました。
残念ながら仕事上の会合で訪れましたので、ゆっくりと島巡りをする時間はありませんでしたが、幸いにも好天に恵まれ、新緑の小豆島を目の当たりにすることが出来ました。

古事記によりますと、小豆島は伊奘諾尊と伊奘冉尊が大八州に続いて10番目に国生みした島で、小豆島(あずきしま、別名オホノデヒメ)と記されています。
また、仲哀天皇と神功皇后の子、応神天皇のゆかりの地でもあり、島のあちらこちらに応神天皇に関する伝説が残っているそうです。

上の写真は、応神天皇が岩角や樹木に鉤を掛けて登ったことから「かぎかけ」と呼ばれ、「かんかけ」になったとも言われています寒霞渓です。
紅葉の季節ともなると多くの人出で賑わうそうですが、訪れた日は平日で観光客も疎ら・・・お陰で新緑の澄んだ空気の中、鳥のさえずりを静かに耳にすることが出来ました。
次回は是非とも紅葉の季節に訪れてみたいものです。

みとの神楽にて・・・。 2005年3月27日(日)
先日、昨年に引き続き行われました「島根県民文化祭協賛事業文化保存伝承 みとの神楽」に出掛けて来ました
私にとって今年初めての神楽鑑賞であり、待ちに待った神楽でした。。
また、この催しは、奉納での夜神楽をはじめ、私が最も楽しみにしている神楽でもあります。

この「みとの神楽」の開催趣旨につきましては、昨年も記しました(管理人の部屋3)が、改めて今回もその要約したものを下記に記します。

一、廃れ行く演目につき掘り起こしを行うとともに、若い団員に引き継ぐことを目的として練習し、発表する。

一、最近は短縮された形での発表が多い中で、原点に立ち返り、短縮せず完全な形での保存に努め発表する。

このように、「神楽の原点に立ち返り、石見神楽の伝承と保存」を目的として開催されている訳ですが、その姿勢が観ている側にも伝わって来ました。
また、昨今の荒んだ子供達の事件を耳にする度に、大人と子供、先輩後輩の縦の関係、地域社会と子供達の繋がりの希薄さが、その原因の一つではないかと感じている中、単に石見神楽の伝承と言うばかりでなく、伝統芸能、郷土芸能を通じて子供達の育成、心の教育にも繋がっている事にも共感を覚えました。

神楽自体につきましては、特に、中学生、高校生の若い団員達の口上が印象に残っています。
昨今、目に見える「見栄えや派手さ」「観客の反応、受け」ばかりを追求するあまりか、「神楽歌、口上」がなおざりにされ、とても観るに耐えない社中、団が多い中、とても中学生や高校生とは思えないような言い回しで口上が言える事に感心しました。

これは、当たり前の事と言えば当たり前の事ではありますが、その当たり前の事が疎かにされている昨今・・・今後とも、その当たり前の事を当たり前のように受け継がれて行かれる事を願って止みません。
勿論、未熟な子もいましたが、その事自体それ程大きな問題ではありません。
指導する側、また、される側も、その大切さを理解し、意識して取り組む事が最も大切な事だと思います。

また、「神楽歌」や「舞い上げ」も楽しむ事も出来ました。
残念ながら、この神楽歌一つをとってみましても「神楽らしい神楽」を感じさせてくれる社中が少なくなってきているのが現状です。
神楽は単に賑やかしく見るだけのものではない・・・目で見、耳で聴き、そして何よりも心で感じるもの・・・しっとりと歌われる神楽歌に耳を傾けたり、一緒になって歌うのも、また神楽の楽しみの一つでもあります。

この舞い上げにつきましても、最近は舞われない社中も存在しているようですが、これも競演などの短縮化された神楽の影響であり、見栄えのする華々しい場面ばかりを強調しようとする表れであると思わざるを得ません。
舞い上げも神楽の楽しみの一つ・・・まさに心の奥底から込み上げて来るものを感じるものです。
口上も神楽歌も神楽の大事な要素であり、社中の財産・・・今後とも、その大切さを子供達に受け継がれて行く事を願っています。

石見神楽・・・これからも、その伝統と精神を祖父から父へ、そして子に孫に、歌い継がれ舞い継がれて行く事を願わずにはいられません。


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