管 理 人 の 部 屋(3)

このところ・・・(’04.6.13)

忙しさにかまけてサイトの更新も全く手付かずの状態が続いています。
本当はしなければいけない仕事も溜まっているのですが、勉めて仕事から離れようと心に決め、昨夜は早目に床に就いて今朝は久し振りに二度寝をしてしまいました。
そして、家族に付き合わされた買い物の合間に図書館に行き、本を眺めていましたら、あっという間に二時間が過ぎてしまいました。

そう言えば今頃は蛍鑑賞の季節・・・そろそろ見納めの時期かと思いますが、来週にでも見に行けたらなと思っています。

伝統を寿ぐ(’04.5.5)

「伝統芸能・石見神楽」と言う文字を目にする事があります。
しかし、中にはとても伝統芸能とは名ばかりの、果たしてこれが神楽と言えるものなのかと疑いたくなるものも目にします。
視覚的なインパクトによって観客に媚び、受けを狙って流されてしまっているのか分かりませんが、到底私には受け入れられないものです。
この様なものは、その時々のある種の話題性があるのかも知れませんが、おそらく一過性なものだと思えます。
また、それぞれの神楽の味を持った社中の数も少なくなりつつある様です。

この様な傾向の背景の一つに、社中間の履き違えた競争心と思われる風潮と一部の観客の声が絡み合っている様に感じられてなりません。
しかし、それが「真の神楽、石見神楽」であるかどうか・・・。
勿論、伝統を重んじ、神楽としてしか感じ得ない「神楽の空気、本義」を大切にし、追求されていらっしゃる社中も存在します。
この違いは何によるものか・・・それを一言で言い表すなら神楽と言う精神に対する感性、「神楽心」によるものではないかと思うのです。

その土地土地に伝わる社中の神楽の伝統を大切に受け継ぎ、そして後世に伝えて行く・・・口や文章で言い表すほど決して容易な事ではなく、また新しいものを取り入れる事より伝統を守る事の方がはるかに難しい事ではありますが、「石見神楽も神楽として、また石見神楽としての伝統」を守り、心の底からその伝統を寿ぎたいと願っています。

嬉しきかな(’04.4.29)

以前から面識のない数人の方から時々メールを頂く事があります。
その方達は私の拙サイトの本文や管理人の部屋を読んで頂き、少なからず共感してくださった方々です。
何れの方も当然の事ながら神楽の好みや楽しみ方は異なるのでしょうが、共通して言えますのは夫々「良い神楽」を求めていらっしゃると感じた事です。
神楽に限らず「本物を観る目を養い、求める」事は大事な事であり、難しい事でもあります。
この様なメールを頂くと管理人冥利に尽き、ただただ嬉しく思うばかりです。


第一回島根県民文化祭協賛事業 文化保存伝承事業「みとの神楽」にて(’04.3.28)

3月20日、墓参りを兼ねて「みとの神楽」を拝観する機会に恵まれました。
この神楽大会を知りましたのは、偶然にも前回記しました「伝統芸能、郷土芸能としての石見神楽」の原稿を下書きし終えた明くる日の事でした。

当日は寺戸美都町長を始め、関係者の方々に快く迎えて頂き、心より感謝申し上げます。
また、三谷神楽社中、丸茂神楽社中の皆様には上演後のお疲れのところにも関わりませず、お話させて頂きました事を大変嬉しく思っております。
美都の神楽は私が古里を離れるまでの間、幼い頃から見続けた神楽の一つであり、単なる思い出を超えて今でも心に焼き付いている神楽でもあります。

神楽自体の感想につきましては、私なりの思い、考えに基づき、今まで通り細部に亘って書き記しません。
事前の噂では大変長い上演になると聞いておりましたが、長い演目で1時間余りの長さ・・・私にとっては極々自然で、本来の神楽の形であると思っております。
上演中は、神楽に魅入りながら心地よく神楽歌を歌ったり、恥ずかしながらも頭(ず)を切ったり、そして舞の所作を見つめ、口上にも聞き入っておりました。
また、上演の合間に行われました社中員の方へのインタビューの中で「石見神楽の伝統、神聖さを受け継ぎたい」と静かに話された事も印象に残っております。
そして、全ての上演が終わった後、両社中を代表された方の挨拶を聞きながら、敬意と感謝の気持ちを込めて手と手を合わせた事も申し添えておきます。

今回の「みとの神楽」は石見神楽と言う一つの文化の「保存、伝承」を趣旨として開催されたものです。
昨今、一般的にもてはやされる激しい立ち回りのある神楽や、観客受けのするエッセンスだけを表現する短縮された形でのイベント・大会が多い中、70年振りに掘り起こされた「神功皇后」を上演されるなど、大変意義深いものがあったと思います。

当日配布されました冊子の中に、私も常日頃感じております事が記されておりましたので、主催者の御承諾を頂いた上で以下にその一部を原文のまま紹介致します。


はじめに

 美都町無形民俗文化財に指定されております丸茂神楽および三谷神楽は、各々の社中においてその保存・伝承に日夜励んでおられます。

しかし、社会的事情等々で上演可能な演目数の減少が顕著となってまいりました。

今、この石見神楽(丸茂神楽・三谷神楽)を継続そして発展させながら後世に残していくことは大きな課題ではないでしょうか。
 この度、開催致します《みとの神楽》は以下に記す事を目的として開催するものです。
どうか趣旨をご理解いただき、丸茂神楽社中・三谷神楽社中に対しまして、皆様方の大きなご声援をお願い申し上げます。

一、三十三演目程あります石見神楽の中で、丸茂神楽社中・三谷神楽社中において廃れゆく演目につき掘り起こしを行うとともに、現在上演可能な演目を社中内において若い団員に引き継ぐことを目的として練習し、発表していただきます。

一、最近の石見神楽は短縮された形での発表が多い中で、原点に立ち返り、短縮せず完全な形での保存に努め発表していただきます。

一、石見神楽の演目毎の解釈は様々ですが、丸茂神楽社中・三谷神楽社中が発表される演目につき、両社中が社中として解釈している演目の意味を詳細に記述することにより、来場者の皆様に演目の意味するところを理解していただき、両社中が保存している石見神楽の奥深さを感じていただければ幸いです。

最後に文化保存・伝承事業《みとの神楽》開催に際しましてご協力をいただきました多くの皆様方に心より御礼申し上げます。

ふれあいホールみと


神楽舞とは
「神国島根の芸能 石見神楽」
豪華な衣装・勇壮・優美な演技
湧き上がる囃子

この芸能は 日本の古代を説き 神を慰め 民を喜ばし 民風作興と地方文化向上に質し 特に農村に相応しい芸能で 豊年を祝う祭りにはなくてはならないものである。
秋祭りの神楽太鼓の音に誘われて胸をときめかせて村の鎮守の社に急いだ幼い日の想い出、祖父から父へ、そして子に孫に唄い継がれ舞い継がれた石見神楽こそ我等が郷土石見の人々の伝統を誇る唯一の芸能である。

丸茂神楽社中
三谷神楽社中

伝統芸能、郷土芸能としての石見神楽(’04.03.14)

伝統芸能、郷土芸能は、その土地土地の匂いが失われたら、もはや伝統芸能、郷土芸能とは言えないであろう。

伝統芸能は由緒を持ってその土地土地で長い間培われたものである。
その土地の自然、気候、気質、あるいは地理的、歴史的な背景をも包含されてその土地に根付いたものであり、それが神楽と言う一つの伝統芸能、郷土芸能としての表情、味と言ったものになっていると思うのである。

伝統芸能、郷土芸能としての石見神楽の現状を考えると大きく二つの面に分けられる様に感じられる。
一方は昨今のイベント、ショーとしての神楽であり、他方は旧来の方法で維持されている神楽である。

前者は時流に乗り、常に日の当たる場所でキラキラと眩しい光を放っている神楽であるが、ややもすると大事な事まで見失われ、単にショーとしての神楽となって神楽の本質から逸脱してしまう危険性を伴っている。

一方、後者の神楽は、いぶし銀の様な鈍く重みのある光を放っている神楽であるが、強い信念を持ちながら良い意味での伝統と格式に拘り続けなければ、時代に取り残され、しだいに廃れていくことにもなりかねない。

斬新的な要素を取り入れる事自体を否定する訳ではないが、見栄えだけを追及し過ぎ、その時々の観客の受けを狙った軽薄な神楽だけでは長続きしない様に思える。
少なくとも私は、一度見れば直ぐに飽きがきてしまい、二度と見る事はない。

例えば、長い間眠り続けている神楽の掘り起こし、敬遠されがちな儀式舞や激しい立ち回りのない舞にも再び光を当てる事も一つの試みであり、また新たな発見がある様に思えるのである。

伝統と変革・・・この相反する性質の狭間の中で、変革を試みるならば神楽の本質を見失う事なく、また毒される事もなく、軸のぶれない芯の太さと強さを兼ね備えた上で伝統とのバランス感覚を持ち合わせて行く事が必要ではなかろうか。
文章や口で言い表す程容易い事ではないが、演じる側にとっても観る側にとっても伝統芸能、郷土芸能としての「神楽の本義」を問われている問題である。

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