神々の抱擁

古代史と神楽に魅せられて

神魂神社(島根県松江市大庭町)

神の魂と書いて神魂(かもす)と読む神魂神社・・・この神社も私の好きな神社の一つである。
近くには、八雲立つ風土記の丘資料館や山代二子塚古墳などがあり、古代史に関心のある人なら興味をそそられるに違いないだろう。
鳥居を潜り、緩やかな参道を上ると右手に手水舎があり、その脇の短い急な石階段を上がると拝殿へと続く。
苔むした屋根、ひっそりとした佇まい・・・まさに、古態の神社といっていいだろう。
本殿は室町時代初期の天平元年(1346年)建立の大社造りで、最古の大社造りの神社として昭和27年(1952年)3月、国宝に指定されており、伊奘諾尊と伊奘冉尊の二柱を祭神として祀っている。
出雲国造の祖神である天穂日命がこの地に天降り、出雲の守護神として創建され、以来、天穂日命の子孫が出雲国造として25代まで奉仕した神社である。

天穂日命は、天の安の河での天照大御神と須佐之男命の「誓約」の際に、須佐之男命が天照大御神の左のみずらに巻いていた八坂瓊の五百箇もの御統(勾玉や管玉を結んだ玉飾り)を天真名井に濯ぎ、噛み砕いて息吹のごとくに吹き出した霧の中から誕生した天皇家の祖にあたる五柱のうちの一柱である。
その天穂日命は、高皇産霊尊の命によって出雲に降臨したが、大己貴神に媚びへつらって三年もの間復命せず、出雲に同化したと日本書記は伝えている。
一方、出雲国造が新任された後、一年の潔斎を経て都に上り奏上する出雲国造神賀詞には、高皇産霊尊の命によって出雲に降臨した天穂日命は、天の八重雲を押し分け、天地を飛び回って具に状況を視察し、その結果を「豊葦原の瑞穂の国は、雑然として乱れております。よって、これを安穏平和な国として平定し、皇御孫(すめみま)の命に御統治して頂くのがいいでしょう」と報告し、子の天の夷鳥(ひなとり)の命に経津主命を副えて地上界に降臨させ、荒ぶる神を成敗したと、その活躍ぶりを伝えている。
このように、記紀神話と出雲国造神賀詞には、国譲りに至る前段について異なる記述が見受けられる。
何故、このような記述の違いがあるのか・・・浅見の私には、学者のような理路整然とした説明は出来ないが、「日本書記編纂直前の頃の出雲国造・出雲臣果安(はたやす)の時代に、天穂日命以来の本貫の地であり熊野大社のある意宇郡の大庭から、出雲大社(杵築大社)のある杵築の地へと移り、血縁、地縁のない杵築大社の大国主神を祭り始めている」こと、また、「出雲風土記は、他の風土記に比べ編纂が大幅に遅れている」ことなどを考え合わせると、何かしら中央の強い政治的圧力、思惑が働いたのではないかとも想像できる。

境内を一回りし、人気のない境内の石垣に、そっと腰を下ろしてみた。
時がゆっくりと流れ、清浄な空気に身も心も浄化されるようだ。
時折、木々の間から零れる日差しが柔らかく身を包んでくれる。
小脇に抱えた本を開き、読み始めると時間が経つのを忘れてしまうほどである。
辺りは常緑樹の木々にすっぽりと囲まれている。

その日本の森林が、危機的な状況にあるという。
危機的な状況とは如何にも哀れな禿山を連想しそうであるが、森林そのものが少ないのではなく、それどころか国土のおよそ3分の2は森林に覆われている。
明治期には用材や燃料用として、あるいは農耕や放牧のために長年森林は酷使され続け、洪水や山崩れが頻発していたが、戦後の大規模な植林事業の展開により、加えて石油などの化石燃料の普及などによって森林の過剰利用が抑えられた結果、現在では人工林が森林面積の約4割に達しているとのことである。
では、何故危機的な状況にあるのか。
遠目には鬱蒼と茂った緑豊かな森林でも、間近に見ると多くは悲惨な状態にあるという。
木の下には草が生えておらず、雨が降ると雫が直接地面を叩いて土壌の流出を引き起こし、成長を阻害され立ち枯れた木も多くあるそうである。
その森には獣や鳥も棲めず、虫も少なく、森本来の豊かさはないと言われている。
つまり、苗木を植え、育った樹木を収穫して利用し、その跡地に再び苗木を植えるという林業のサイクルが循環しておらず、山を荒廃させてしまったのである。

緑の森林は、光合成によって二酸化炭素を吸収し、酸素を発散して大気を清浄にする作用があることは知られており、京都議定書に見られるように排気ガス削減の主役でもある。
日本人は、その緑豊かで水を蓄える山々を神と仰ぎ、樹木の生い茂る森を神として崇めてきた。
神社がある場所を遠くから眺めると、大抵の神社の境内はこんもりと茂った森に覆われている。
神々が集まるとされる鎮守の森である。
また、我々の遠い祖先である縄文人は、自然の恵みである照葉樹林の樫の実である団栗や葛の根を磨り潰し、水に晒して澱粉を得ていた。
「人間や生き物に欠かせない水は、山の水が作ってくれ、水は緑を育て、緑は水を作ってくれます」
生物学者でもあった昭和天皇の言葉である。
我々人間は、自然という大きな命の器の中で生かされていることを肝に銘じたい。

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